人間の社会性の発達と「宗教」の関係
ワシントン・ポストより、興味深い記事です(1)。
オックスフォード大学の進化心理学教授ロビン・ダンバー(Robin Dunbar)は、人類が社会的なネットワークを発達させる際に、宗教が重要な役割を果たしたのではないかという仮説を立てています。
ダンバー教授は、「ダンバーの数(Dunbar’s Number)」で知られています。彼は、それぞれの人間が持つことができる人間関係の数が、ほぼ一定であることを証明しました。つまり、約5人の非常に親しい友人、50人の良い友人、150人の友達と、1500人の名前で認識できる人たちです。
ダンバー教授は、他の霊長類の社会的ネットワークのサイズも研究しました。その結果、脳のサイズが大きくなるにつれて、他の個体と特別な関係を結べる数も増えるとわかったのですが、人間については、脳のサイズで説明できるよりも、遥かに多くの社会的関係を維持していました。
社会的な絆を広げ強化する「宗教儀礼」
それから、彼の研究の焦点は「なぜ人間がそれほど多くの社会的な関係を維持できるのか」に移りました。訓練なのか、物語なのか、様々な仮説を立てて検証する中で、まずは二つの要素が社会的な絆を維持する能力を高めると分かりました。それは「笑い」と「歌」です。この二つは絆を感じさせるエンドルフィンの分泌を助けるようです。2月に行われたアメリカ科学振興協会(the American Association for the Advancement of Science)の年次総会で、彼はその研究結果を発表し、次の研究として「宗教」を取り上げることを紹介しました。
この研究は4月から3年かけて行われる予定です。ただ、記事でも触れていますが、先行する研究を考慮すると、宗教が人間の社会的な絆を強め、拡大することに貢献することはほぼ確実であろうと思われます。
まず、エンドルフィンの分泌に効果がある「歌」については多くの宗教儀礼で取り入れられています。例えばキリスト教では礼拝前に多くの歌を歌いますが、「歌」自体の作用に加え、反復的な歌唱は更にエンドルフィンを誘発する効果を高めます。更に、歌や、敬拝などを、他の人々とシンクロしながら行うことで、その分泌は更に活性化されます。感動的なストーリーテリングを、知らない人たちと一緒に聞くことも同様です。それらは「帰属意識」をもたらします。
ダンバーは「これらすべての教義的な宗教が、私たちが皆一つの家族である、という感覚を引き起こすことは明らかだ」と説明します。そして、その感覚こそが「単なる不機嫌から、他の人を殺すのを止める」ために必要なものだ、とも語り、宗教の効用を示しました。
進む宗教の再評価
ダンバーに代表されるように、宗教が人間の社会性の発達、進化に重要な役割を果たしたと考える科学者は増えています。啓蒙思想の時代以来、宗教と科学は対立するもののようにとらえられる傾向がありました。ノートルダム大学の社会学者クリスチャン・スミス(Christian Smith)は「啓蒙時代以来の知的歴史の大半で、宗教は無知で奇妙で異常であり、理性の邪魔をするものだと考えられてきた」と振り返り、「多くの人が、不当にも、科学と宗教がゼロサムゲームだと仮定している。もし科学が何かを説明すれば、宗教は真理ではなくなってしまう」と指摘しました。
しかし、スミスによれば「生物や人間が進化した」ことと「神が、生物や人間をそのように進化するように創造した」と主張することは矛盾しません。確かに、科学が説明する「進化」は、単なるプロセスの説明であって、そこに目的や意思が介在したかどうかまでは語っていないのです。科学は現実を説明してはいますが、宗教的真理を否定しているわけではありません。
逆に、科学者の中で、宗教の役割に積極的意義を見出す人も増えてきました。同じくスミスは語ります。「研究の最前線の多くで、この10年から20年間に、宗教についての考え方に変化が起こった。多くの神経学者が、宗教は全く自然なものだと言うようになってきた。私たちが宗教的存在だというのは、非常に理に適っている。そして、宗教は社会の発展における多くの重要な機能を担っている」。
宗教と科学の関係はどうあるべきか
このように宗教を機能的にとらえることは、信仰を持つ人々にとっては、違和感を覚えることかもしれません。効用があるから信じる、というのは人間中心で利己的だと感じられるでしょうし、宗教的な体験をホルモンで説明することにも唯物論的で抵抗があるでしょう。
ただし、人間にとって「宗教」が重要な意義を持つこと、そればかりか、人間社会の発達にとって不可欠なものであることを科学の立場から主張する人々が出てきたことには大きな意義があります。少なくとも、宗教と科学が互いに罵り合ってきた不毛な歴史には終止符を打つべきでしょう。科学者も、宗教者も同様に、人間が抱える悩みや疑問、苦しみを解決し、より幸福で意味のある人生や社会を実現するために努力を傾けているのですから。本来は、ののしり合うべきではなく、尊重し合い、手を携えていくべき同志だと思います。
あなたの最高の友人は「神」?
この記事の最後に、ダンバーの研究について、もう一つ興味深い内容が紹介されています。引用して終わりましょう。
私たちの脳の中の神の居場所についての、もう一つの研究成果がある。「ダンバーの数」を覚えているだろうか?それぞれの人が抱くことが出来る5人の仲の良い親友と、50人の良い友人と、150人の友人についての話だ。ダンバーは、もし人(彼あるいは彼女)が、神や聖母マリアのような霊的な人物と親しい関係を持つと感じるなら、まさに実際の人間関係と同様に、その霊的な人物が、それらの数のスポットの一つを実際に満たすと言う。あなたの最も親しい友人の一人は、科学的に言うと、神であるかもしれないのだ。
神などの霊的な存在を信じ、感じることは、少なくとも、その人の心の中においては、疑うことのできない真実なのです。素晴らしい友人との出会いが人の生き方を変えるように、宗教にも人を変える力があるのは「科学的に見ても」真理です。
(1)Julie Zauzmer. “A scientist’s new theory: Religion was key to humans’ social evolution”. The Washington Post. Feb 27, 2017
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