「トランプ現象」は怒れる王蟲
全米各地で巻き起こる反トランプデモ
『Gigazine』の記事で、全米各地でトランプ当選に抗議するデモが行われていることが紹介されています。カリフォルニア大学や、サンフランシスコ州立大学などに、大勢の人々が集まり、旗を燃やしたり、「ファック・ドナルド・トランプ」と叫んだり、かなり過激なデモをしています。
また、以下のような内容のツィートも紹介されました。「トランプは私の大統領じゃない。トランプはレイピストであり、レイシスト(人種差別主義者)であり、性差別主義者だ!」「トランプが今日勝ったんじゃない。ヘイトが勝ち、恐怖が勝ち、レイシズムが勝ち、性差別主義が勝ち、偏見が勝ち、同性愛嫌悪(ホモフォビア)が勝ったんだ」など。そして、クリントンが勝利した州だけを青く抜き出して、「自由と独立の大地はこれだけだ。これが真のアメリカだ」とツィートした人もいます。
他人を「ヘイト」と罵ることは「ヘイト」ではないのか
あれだけ差別的な発言、放言を繰り返してきたトランプ次期大統領ですから、彼をリーダーとして認めたくない気持ちは分からなくはありません。私自身、トランプを個人的に好きか、嫌いかと言われれば、嫌いな部類に入ります。しかし、だからと言って、トランプに投票した州を「アメリカではない!」と言ったり、トランプを支持した人々が5000万人を超えるのに「ヘイトやレイシズムが勝利した」と叫ぶのは、如何なものでしょうか?それでは、5000万人もの人が、ヘイトやレイシズムに賛同したということになります。果たして、トランプ氏に投票した人々は、そんなにひどい人たちなのでしょうか?むしろ「ファック・トランプ」と叫びながら、旗を燃やしたり、拳を突き上げる人々の方が、よほどヘイト(憎しみ)的な感情に囚われていると思うのは、間違いでしょうか?
日本におけるシールズ運動にも似たような部分がありました。平和主義を訴えているはずの人々が、とても汚い言葉で異なる意見を持つ人々を罵っていました。また、仮にも民主主義のプロセスで選ばれた首相のことを呼び捨てにして「あべ!やめろ!」と連呼したり、ヒトラーになぞらえた写真を掲げたり…、非常に攻撃的で、敢えて言えば「下品」でした。米国、日本を問わず、進歩的とか、リベラルといわれる左翼的な知識人や運動家には、そうした独善性があり、自分たちの主張と異なる人々を、口を極めて罵り、社会的に抹殺するまで追い込んでいく過激さを持っています。
日本でLGBTの権利運動を進める人と話した際に、東北の保守的な壮年たちを指して「彼らが同性婚に反対するのは、発展に取り残されて疎外されているという妬みがあるからだ」と言っていたことも印象に残っています。そこには、明らかに、自らを「進歩的」と考える人たちの奢りがあります。
リベラル陣営の独善と攻撃がトランプ現象を生んだ
私は、そうした左翼的な人々が持つ、独善性や攻撃性こそが、今回のトランプ現象を生み出した最大の原因ではないかと考えています。個人的に、同性婚の合法化問題に関心を持つ中で、2年ほど米国の福音派やカトリックなど、保守派の動向をウォッチしてきました。その過程において、上記のようなことを強く感じたのです。リベラルなメディアは、トランプの支持層を「社会に不満を持つ、田舎に住む、低収入、低学歴の白人のブルーカラー」だと描写しますが、その表現自体が非常に軽蔑的な響きを持っています。まるで、「無知で下品な人々が、不満のはけ口としてポピュリストのトランプを支持している」といわんばかりです。
実際には、一口に「トランプ支持」と言っても、様々な階層、様々な知識レベルを持つ人々が存在します。CNNの出口調査を見ても、「低学歴、低収入」というイメージとは異なり、大学卒業者の45%(クリントン49%)、大学院レベルの37%(クリントン58%)がトランプ支持であり、収入面でも、5万ドル以上の年収を持つ人の実に49%(クリントン47%)がトランプに投票しているのです。その中には、当然のことながら、相当数の、理性的かつ常識的で、礼儀正しく、誠実に日常生活を送っている人々が含まれているでしょう。
彼らは、多くが、福音派や、カトリックの信仰を持ち、全米レベルでの同性婚合法化にショックを受け、オバマ政権によるジェンダーレストイレの推進(男女別トイレの廃止、生まれた時の性別と違っても、自分が自認する性のトイレを使えるようにすること)などの過激な政策に戸惑いを覚えていました。そればかりでなく、同性婚に対する反対を口にするだけで、「差別主義者」や「頑固者」とレッテルを貼られ、ひどい場合には、失職すらしかねない状況に至って、彼らの戸惑いは、「怒り」に変わっていったのです。
怒れる保守層がチョイスしたトランプ
「怒り」に震える彼らにとって、その矛先は、議会の多数派を与えたにもかかわらず、そうした社会の世俗化に歯止めをかけられないでいる既成の共和党指導部にも向けられました。そして、だらしない彼らに替わって、ロビイストなどに媚びを売る必要がなく、堂々とリベラルなエスタブリッシュメントに攻撃をしかけていく大富豪トランプに熱狂したのです。
彼らの「怒り」に基づく熱狂は、冷静な指導者たちの忠告によっても宥めることはできませんでした。南部バプテストのラッセル・ムーアなど、福音派の指導者の中にも、トランプに対して懸念を表明する人々が多く居ましたが、彼らがトランプの危険性を指摘すればするほど、福音派の一般信徒たちの熱狂は高まりました。結局、白人で福音派あるいはボーンアゲイン(回心体験を持つ)のキリスト教徒を自認する人の実に81%がトランプに投票しました。これは、票数にして2000万票以上になります。彼らの危機感をあおった原因の一つが、連邦最高裁による全米同性婚合法化の判決にあったことは、最高裁判事の任命を最も重要なイシューだと考える人(21%)のうち、56%がトランプ支持であったことにも表れています。
トランプ現象は「怒りに我を忘れた王蟲」
トランプに熱狂し、リベラルで進歩的な人々の牙城であるワシントンに進軍する彼らの姿は、映画『風の谷のナウシカ』に出てくる「怒りに我を忘れた王蟲」のようです。あらゆるものを蹴散らしながら、自らの命が絶えるまで走り続ける王蟲の怒りに火をつけたのは、小さな子供の王蟲を傷つけ、囮に仕立てあげた人間でした。その小さな子供の王蟲は何でしょうか?それは、信仰的な理由で、同性婚へのサービスを断ったことを理由に、裁判にかけられ罰金を科せられた写真家や花屋の女主人であり、そうした「逆差別」を防ごうと「信教の自由」法を成立させたがゆえに、全米中の批判を浴び、企業の進出計画を白紙に戻すと脅されたインディアナ州であり、同性婚の書類を受理するのを拒んで収監された敬虔な女性公務員でした。
彼らの心の中には、こんな思いが渦巻いていたに違いありません。「ただ、真面目につつましく、伝統的な倫理、道徳に従って、こつこつと働いているだけなのに、なぜ『差別主義者』『頑固者』『時代遅れ』『、無知』『田舎者』と罵られ、社会の隅に追いやられなければならないのか?もともと、この国を築き上げたのは、敬虔な信仰をもって、勤勉に働いてきた私たち白人のプロテスタントだったはずなのに、なぜ、この国は、こんなにも変わり果ててしまったのか?」。更に、貧しいブルーカラーや、生活の苦しい農家であれば、経済的な不満も、そこに拍車をかけたでしょう。カレン・アームストロングが指摘したように、歴史は「攻撃にさらされる原理主義者の運動は、より過激になる」ことを教えています。ライフウェイ・リサーチの調査によると「現代アメリカでキリスト教徒が不寛容に晒されている」という危機感を持つ人は、福音派のうち82%に上っていました。これは、ほぼトランプに投票した割合と一致します。
「怒り」を鎮め、アメリカは再び一つになれるのか
もちろん、「怒りに我を忘れた王蟲」の進撃は、あらゆるものを、そして最後には自らの身を滅ぼして、その後には「腐海」を残すのみです。今や、大統領職を始め、上下両院を握り、最高裁判事の任命権も手にした彼らは、その「怒り」を鎮めて、主導権を握った者が持つべき、天に対してへりくだる謙遜な心と、敗者への思いやりを持つべきでしょう。間違っても、同性婚合法化の際に、全米の約半数が反対しているにもかかわらず、ホワイトハウスをレインボーに染めたオバマ政権の愚を繰り返してはなりません。それは、反トランプの火種に油を注ぎ、憎しみと怒りの連鎖を生み出すだけでしょう。「奢れるものは久しからず」です。
勝利宣言で、トランプは、ヒラリーの健闘を称え、「全アメリカ国民の大統領になる」と語りました。彼が如何なる大統領になるのか、現時点では誰もわかりません。しかし、彼を大統領に担ぎ出した福音派を初めとする白人の保守層のあり方が、今後のトランプ政権の方向性に一定の影響を与えることは間違いありません。果たして、王蟲の赤く怒れる目を、青く宥めることはできるでしょうか。映画ではナウシカが命を賭して「王蟲」の暴走を止めました。残念ながら、王蟲の怒りに火をつけた側のヒラリーでは、その役割は担えませんでした。「王蟲」の存在意義を尊重し「怒り」の原因を正しく解くことができる者だけが、「失われた」「絆を取り戻し」アメリカの未来を「青き清浄の地」に導くことができるでしょう。
その意味でも、早速、トランプ氏と会談を行う(17日、NY)ことになった安倍首相の役割は大きいと思われます。トランプ政権誕生の意味を正しくとらえ、米国内の世論に耳を澄ましつつ、米国が国際社会での役割を果たせるように、うまくエスコートすることができるでしょうか。ここは、ナウシカにあやかって、青いスーツか、ネクタイで、さっそうと米国の地に降り立ってほしいものです。
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